ホワイト企業大賞とは?


 ホワイト企業という言葉が、最近使われるようになってきた。これはブラック企業の対極にあるということだろう。「ブラック企業」とは、セクハラ、パワハラ、過酷な労働、劣悪な作業環境、給料や残業代の未払いなど、社員の幸せをかえりみない経営をしている企業、あるいは公害の垂れ流しや公序良俗に反するような反社会的な企業をさす。昔は、「女工哀史」、「蟹工船」、「公害」などに象徴されるブラック企業が多かったが、時代とともに法律がその存在を許さなくなってきている。にもかかわらず、いまだにブラック企業が話題になっている。

 

 一方、経営者の徳が高く、社員思いで、ホワイト企業と呼べるような企業も、昔から存在した。不思議なことに、一般にブラック企業より、ホワイト企業の方が業績は良い。社員を犠牲にして利益を追求しているブラック企業よりも、社員の幸せを大切にしているホワイト企業の方が、利益はあがっているのだ。おそらく、合理的に利益を追求するよりも、社員の人間性や「やる気」を尊重するほうが、企業の業績や成長に貢献するという事だろう。

 

 とすれば、ホワイト企業の数が増えれば、幸せな人が増え、社会はより良い方向へ進化し、おまけに企業の業績もあがり、経済も活性化し、国力も増し、良いことずくめになる。

 

 日本の社会にホワイト企業がどんどん増えてほしい、という願いを込めて、ここに「ホワイト企業大賞」を設ける。ここでは「ホワイト企業」の定義を、下記のように簡潔に定める。

 

 ホワイト企業 = 社員の幸せと働きがい、社会への貢献を大切にしている企業

 

以下、詳細を記す。

  1. 「ホワイト企業大賞」ならびに、それに付随する賞(年によって異なる)を、年一回選定し公表、表彰する。

  2. 有識者からなる「ホワイト企業大賞」企画委員会を設置する。受賞候補の募集と絞り込み、受賞企業の選定など、一連の業務をこの委員会が担う。

  3. 受賞候補は、規模の大小、業種、などは一切問わない。また、必ずしも企業に限定されることなく、役所、NGO,NPO、任意団体も含まれる。ただし、主たる設置場所が日本国内であることが条件。推薦は自薦他薦など自由。

 

ホワイト企業大賞 企画委員長

天外伺朗



天外レポート No. 82(2014.09. 13)より

 「ブラック企業大賞」が9月6日に発表になりました。

主催者は弁護士やジャーナリストからなる「ブラック企業大賞企画委員会」であり、過去にはワタミや東京電力が受賞しています。


今年の受賞企業は下記の通り:


●ブラック企業大賞: 株式会社ヤマダ電機

●WEB投票賞 : 株式会社ヤマダ電機

●業界賞

【アニメ業界】株式会社 A-1 Pictures

 【エステ業界】株式会社 不二ビューティ

(たかの友梨ビューティクリニック)

●特別賞 : 東京都議会

●要努力賞 : 株式会社ゼンショーホールディングス(すき家)

http://blackcorpaward.blogspot.jp/


 8月21日にその話題でFM東京に生出演し、企業というのは元々ブラックになる特性を秘めている、というお話をしました。


 それは、約100年の歴史がある「経営学」が、もっぱら合理的に売り上げや利益を追求する、という方向性を持っているからです。売り上げ、利益を追求するあまり、社員に過酷な労働を強いたり、公害を垂れ流すといった例が過去には見られました。


 女工哀史、蟹工船、水俣病の時代から、今日のようにすべてのステークホルダー(利害当事者)の利益を考え、社会のよきメンバーとしての企業像に発展してきたのは、経営学の「合理性の追求」とは別に「人間性の追求」の力学が働いてきたからです。


 「人間性の追求」は、欧米では主としてキリスト教精神(とくにプロテスタントの理念)、日本では仏教、儒教、老荘思想などがベースになっていました。


 ドラッカーの経営学を紐解けば、プロテスタンティズムが濃厚に出ていますし、三井家、住友家、岩崎家などの家訓を見れば、儒教精神が読み取れます。


 もう一つのポイントは、ブラック企業の横行する資本主義に対抗し、共産主義革命が起き、労組が結成され、あくどい利益追求が法律で制限されたことです。いまの日本の労働者は、共産主義諸国の労働者よりはるかに保護されています。


 しかしながら、これらの「人間性の追求」はあくまでも、利益を追う「合理性の追求」と対抗するものであり、過去100年の企業の発展はその二つの動因の激しい葛藤の歴史だったとも言えます。


経営者という種族は、隙あらば社員を犠牲にしてでも利益を追求するという危険性を秘めている、だから法律で労働者を保護しなければいけない、というのが、いまの社会の常識でしょう。


 いくら法律で縛っても、経営者にとって利益追求への誘惑は断ちがたく、経営者自身の人間性が十分に高くないと、法律の網をかいくぐって合理性の追求を優先することもあり得ます。それが、最近話題のブラック企業を生むことになります。


 つまり、ブラック企業にならない、最後の砦は経営者の人間性なのです。いままでも、経営者の人間性が高く、社員を大切にしている企業はたくさんありました。そういう企業を最近では「ホワイト企業」と呼んでいます。


ホワイト企業の定義 = 社員の幸せと働きがい、社会貢献などを大切にしている企業


 ところがよく観察すると、ブラック企業よりホワイト企業の方が業績が良いのです。これは不思議な話ですね。社員を犠牲にしてでも、合理性を追求して利益を上げようとしている企業より、社員を大切にしている企業の方がむしろ利益が上がるのです。


 どうやら、過去百年以上にわたって経営者の指針になってきた「合理主義経営学」が、根本的に間違っていたようです。 なぜ間違ったかというと、合理的に理性と論理で利益を追求する、という根本的な発想でしょう。人間という生き物は、つめたい合理的な存在ではなく、豊かな情動と熱い血潮にあふれています。


 ブラック企業でいやいや働いている人と、ホワイト企業で、喜びにあふれて働く人とでは、生産性ははるかに違うでしょう。とくに、創造性の発揮が要求されるような業種では致命的な差になります。このような人間の心理は、合理的な説明を超えています。


 このことは、ほとんどの人が昔から常識として知っていました。経営者の「人間性の向上」を説く人は多くいます。ところが、今までの経営論は「合理性の追求」が行き過ぎないように「人間性の追求」でバランスをとる、という論調が多く、両者の対立の構図はそのままでした。


 私が提唱する「人間性経営学」は、いままでの「合理主義経営学」を真っ向から否定しており、「合理性の追求」を忘れて「人間性の追求」一本に絞り込むことを提唱しています。そのほうが、社員はハッピーだし、社員が活性化した企業が結局は業績もよくなる、という逆転の発想です。ある意味では、企業経営100年の歴史の大転換とも言えます。


 いままでは「フロー経営」という言葉を使ってきましたが、これからは「ホワイト企業革命」という表現もしていきたい、とFM東京の番組で語りました。また、7月末に亡くなった山田昭男さんが創業した未来工業が「ホワイト企業」の典型だ、というお話をしました。「ブラック企業大賞」に対抗して「ホワイト企業大賞」というのも企画したいですね。日本中が「ホワイト企業」であふれる日を夢見ています。


 「人間性経営学」は、シリーズ化して下記の6冊の本を上梓しました(いずれも講談社)。

①       『マネジメント革命』2006年6月

②       『非常識経営の夜明け』2008年9月

③       『経営者の運力』2010年9月

④       『人材は「不良社員」からさがせ』2011年10月

⑤       『「教えないから人が育つ」横田英毅のリーダー学』2013年4月

⑥       『「日本一労働時間が短い“超ホワイト企業”は利益率業界一!」山田昭男のリーダー学』2014年4月